観劇〜ゲキ集団 Bumpy Box〜

行ってきました!ゲキ集団 Bumpy Box!!!

芸術や想像は全身で浴びるのがいい
コロナになって思ったことの一つ。

なんかこう、違うんだよね
記録されたものと
LIVEっていうのは

それが「Be」というやつなのだろうか
その人の存在からしか醸せない
なんとも言えないビシビシくる感じ!

それなら行こうBumpy Box!

そんなこんなで、LIVE感に飢えていた私は
かなりウキウキでBumpy Boxさんの

【スーパーハイバー企画】
3ヶ月連続公演となる第一回目
WHO ARE YOU行って参りました!

コロナ対策ということで席数の半分
マスク必須、検温、ディスタンス、換気
最新の注意を払って
3,600秒のキャンバスが演劇で彩られる

ミステリーサイド・パンクサイド

ラジオで1つのストーリーに
2つの演出をつけると聞いた時には
全く意味がわかっていなかった私。

数日たって、空を見上げた日に
「空は綺麗だな( ´∀`)」と
「空は綺麗だな( ´Д`)y━・~~」では
雰囲気変わるな〜とおぼろげに

「演出」というものを理解したのでした

ミステリーサイド

最初に始まったのは
【ミステリーサイド】

その名の通り不気味で不穏

ストーリーは二人の男女が
古びた屋敷を訪れ
噂になっている幽霊を探すというもの。

女性は幽霊に会って
悩みを聞いてみたいというのが目的

そこにもう1人
生活のために屋敷のものを盗もうとする泥棒が。

…ストーリーは進み、幽霊は幽霊でなく
居場所をなくした人間であることが判明

ミステリーサイドは
描写の全てが薄気味悪く
暗い雰囲気で描かれる

パンクサイド

打って変わって【パンクサイド】

先ほどの幽霊はかなりパンクでw
パンク…というか

精神的にまいってしまった狂気のような
個人的にはミステリーサイドより怖かったw

というのも、ミステリーサイドの
幽霊はまだ一緒にいてもいれる感じで

この先人と接していくうちに
友情とか信頼とか心で感じて

失くした自信も取り戻し、
なんでもない日常を「幸せだなぁ」と感じたり
辛かった日々を懐かしんだりして生きていくように思えたけど…

パンクサイドの幽霊さんは
一緒にいるのはちょっとサイコな感じで

感情が一方通行な上に
意思の疎通が独創的すぎて
どうやっても人と付き合っていくのは難しいのではと思う感じ。

どちらかというと1人黙々と研究に没頭する変わり者という印象

理解者は1人でよくて、世間の評価も
「あ、そう、興味はないですねぇ」
「僕は研究が好きなだけですから」とか言いそうw

どちらの幽霊さんも
同じ役者さんが同じセリフで演じられているのに受ける印象はこうも違っていることにびっくり。

2つの演出を通じて思ったこと

2回見ると伏線に気付いたり
1回目では気づかなかった役者さんのいろんな表情に触れる余裕があった。

「繰り返し」というのは余裕を産み出し、
その分1回目では気づかなかったことに気付き、
2回目はまた別のところに気がつき、、と
深みを与えていくね。

同じストーリーを2回見るというのは初めてだったけどリピートする楽しさを知ってしまったかもしれないw

そして引きこもりの幽霊さんに対して
カウンセラー志望の女性が

引きこもる場所をぶち壊すというw

すごいセラピーをするのだが…

すごい核心をついた表現だと唸った

大学院まで行って心理学を勉強した私
それこそカウンセラー志望だった私。

たくさんの事例を読み
引きこもりの事例もそれなりに勉強したり
講演会行ったりレポート書いた入り。。。

引きこもりに限った事では決してないんだけど
「逃げ」と「言い訳」これが重なったところに
何か歪みが出るような気がしていた。

引きこもりや鬱も
思考のどこかにそうしたものが影を落としているのではないかと。

これらは巧妙に隠れているため
自分では分からない物でもある。

環境によってはその言い訳を許してくれる人であったり
盛り上げてしまう人に出会うことだってある。
自分を許すための言い訳や逃げを称賛されれば
一時的に安心したり、良い気分にはなるのだけれど
結果的にそれでいいのかと言えば疑問。

しかも誰かに指摘されると腹が立つポイントでもあり、認めるには敗北感と親友になる勢いで融合しなくてはならない。穴があったら入りたくなるくらいの過去に対する恥ずかしさもついてくる。

本気で俗世間から離れたくなる恥ずかしさを味わうことになる。

私も相当言い訳虫だった

私も幽霊さんみたく、相当な言い訳虫だった

でも私にはこの物語に登場するような
そんな逃げをぶち壊してくれる人がいた。

「言い訳はもうやめる」

そう思った時
どれだけ自分の言葉に言い訳が含まれていたか
どれだけ自分の心が言い訳を産み出してきたか…

その気持ちの奥底には
「許されたい」「怖い」という心があった
それはもう祈りのようなものだとも言える

誰に許される?というところは
とどのつまり「自分に」なんだろう
人間とはややこしい生き物だ

壁をぶち壊す

このストーリーのに出てくる女性は
ハツラツと幽霊の引きこもり場所をぶっ壊す

悪気など一切なく
当たり前じゃん!くらいの勢いで潔く

私の場合も言い訳虫の壁は
「アホやなー」「あははは頑張れー」
そんな感じで全く同情もなく、
どちらかと言えば

ギャハハっと言う感じだった

当時の私がショボすぎたのは否めないが
子育てでかなり悩んでいたというか
やつれていたのは事実である

この時、問題を「問題化」するのは
自分自身であるということを心底学んだ
他人から見れば問題にもならない
クソつまらないものだったりするのだ

登場人物の女性のように
ハツラツとした満面の笑みで
壁を打ち壊されたら

そりゃもう爽快だろうな!

WHO ARE YOU

ここまで見て
タイトルにもなっている

「あなたは誰?」に立ち戻るのだが

「今」の自分と
漠然とだがイメージの中で逃げ場所をアッケラカンと失くした自分を思ってみると、
逃げ場所を失くした自分の方が清清しており
そこから見えてくる自分像というのは一皮向けたような感じさえする。

自分の引きこもり場所を明確に特定したわけではないけれど、
清らかに満面の笑みで壁をぶち壊す彼女を心の中にインストールして作動させてみると

何故だか不思議なことに清清する

WHO ARE YOU?

どんな自分にだってなれる
WHOは「誰」と訳されることが多いけど
「どんな人」という意味もあるようで

あなたはどんな人?
「どうなりたいのさ?」と大文字でw
自信満々に問われているような気にさえなってきた。

HWO ARE YOU?

もし心の底では嫌だなと思っている逃げ場所が一瞬にして全部なくなってしまったら

あなたは一体どんな人?

私はそうだな…

無敵に違いない。

それは決して強いとか、行動が派手だとかいう意味ではなく
「敵を生み出さない心を持った人間」という意味で
ポジティブ神話にハマることもないし
ネガティブ悪話に飲まれることもない

WHO ARE YOU? と問われたら
自信満々にI AM A PEACEと答えよう。

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